日記

日記など

心臓を指す

ここ2週間くらい、ふいに動悸がする。短くて3分、長くて2時間、断続的に。まず、身体がカっと熱くなる、その瞬間、身体に空気をいれられたように私が膨らむ。そして、膨らんだ身体のうちがわ、宙ぶらりんになっている心臓に気付くと、それはばくんばくんと痛いくらいに音をたてはじめるのだ。

こういうことは、以前にもあった。以前というのは、16とか17くらいのときのことで、その頃の私は多くの人やものを精力的に憎み、日課のように自分を憐れんでいたものだから、そりゃあまあ心因性の動悸も当たり前に起こり得るだろう、と7年経った今は思う。

最近は、そういった陰鬱とした気持ちになるための、体力と時間が余っていない。思い悩むには体力と時間がいる。全てを薄目で捉えるような毎日がずらーっと横並びに続いていて、憎しみも憐れみもどこか非日常な感情となった。心因性の動悸がおこる、明確な理由は思い浮かばない。

となると、病気か、となんとなく大袈裟に考える。ただ私は病気に関して心配性でもないし、そもそも病院が嫌いなため、仕事を休んでしまうようなことがなければ、この件で病院に行くことはなかっただろう。ただ、原因不明の動悸で、2日も仕事に穴をあけてしまったとなると、さすがに病院に行かざるを得なくなった。

近所の循環器内科。待合室の椅子が深く沈むタイプのシングルソファで、その上床との距離が近いために、どうぞくつろいでくださいといった雰囲気がむんむんとした。これは大変だぞと思いながら腰掛けると、案の定、家でくつろぐときの体勢をとることになってしまった。名前を呼ばれたとき、仕方なくトイレに立つような気分だった。

医者は私に、わー大荷物だ、とひと言いって、座るよう促した。いついつの何時から動悸がして......なんか心臓が痛くて......。どういう種類?握りしめられるようなとかキリキリするとか。(答えを用意していなかったため答えられず)。なんか、痛くて.....心臓が......。動悸が......。

病院へ行くといつもこうだ。これは私が悪いのだが、診察室に入ると途端に、自分の身におきたことを明瞭に話せなくなる。言いたいことは全て、あのクリーム色の壁に吸い取られてしまって、私の口からは抜け殻のような言葉しか出てこない。診察中、心因性の可能性という話は出なかったと思う。原因は明確には分からないけど症状自体は突発性の不整脈ですね、と言われた。はあ、と抜け殻のような返事をする私に、なんか出るかもしれないから血液検査だけしますね、とかなんとか言う医者。そして、診察終わりです、というような雰囲気でデクスの側に向き直ったが、彼は喋り始めた。心臓が痛いっていう人たち100人集めたとして、本当にそれが心臓であることって2人とか3人とかそのくらいなんですよーだいたいは神経痛とかほかの原因です、どこら辺が痛いんですか。聞かれて、こう、一般的に心臓の位置としてイメージされる左胸をおそるおそる指す。医者はそれを一瞥すると、食い気味に、そこ心臓じゃないから。と言い放った。そのとき初めて、彼の、輪郭の線だとか、黒々とした眉毛だとか、ふちが銀色のスクエアの眼鏡だとか、短く切られた、でも多めの整髪剤でセットされ光を反射する髪だとか、そういうものが目に飛び込んできた。それらを一身に受けながら、ここ、心臓じゃないんだー、と思う。え、じゃあ私の心臓ってどこにあるんですか、の言葉は案の定クリーム色の壁に吸い取られ、そのまま採血の場所へと通された。

帰り道、言い放たれた言葉と、その瞬間の医者の姿かたちを噛み締めるように思い返した。彼は、私の心臓の場所を、正確に指させるのだろうか。膨らんだ私の身体の中で、宙ぶらりんになってばくんばくんと音をたてて暴れる心臓に、彼なら人差し指の腹を押し付けられるのだろうか。

動悸がすると、肩を寄せるようにして、左胸に、左の腕の内側を、やわらかく押しつける。すると、確かにばくんばくんと鼓動が伝わってくるのだ。心臓だ。痛みに耐えるように、そのまま身体を折りたたみ、目をつむると、膨らんだ身体のうちがわに私がぐんぐんとはいっていく。そして、目の前に、誰にも指さされなかった心臓を見つける。宙ぶらりんの私の心臓と、左の腕の内側が、鈍痛のうずの中、たしかに熱く触れあっている。

連歌『サンドウィッチ・ドリーム』

百年前月に降り立ったときわたし思ったの牛乳甘かった

あたたかい水にふれたつま先が溶けてガラスのスープになる日

チューリップの花粉をかかとにふりかけてわたし上手に踊れますように

むせかえる緑と湿度を吸い込んだあなたの瞳のやわさよそのまま

ばらあげる花弁の霜は手で取って植物性の油がいいわ

雨の日に出す手紙にだけ貼る切手 ねむるみたいに目のない鳥

花曇りはつめたい音となり落ちるみずいろの空ちいさい月

するするの固形石鹸が好きかぶりつきわたしの歯うずめてもいい

まなぎしが光を撚って美しく文章を編む朝に今いる

くるぶしの骨が一本少ないの乳白色の法螺貝なでる

あなたには小さいいるかのあざがあるつるつるじゃないいるかのからだ

今朝、白いサギが花瓶に変わったの首だったとこにさす花の色は

アボカドの皮の色が油絵のように見えて、でも言わなかった

パンつめたいとりにくトマトレタスパン いのりをかたどる昼食がある

たくさんの線路ある町おおかみのしっぽは永遠やわらかくない

行くときは通らなかったこの道で蒸気に揺れる旗まんぢう

やわらかく砂糖で煮詰めた花豆をずっとなめてるあなた死ぬ日も

水溜まり結晶化させあの日々の反射光を粒にしてもつ

冷凍みかんむいたむいた指先に古代イカの血は流れてる

土踏まずに海と浜ができてからずっと平たい足で生きてる

いぇいいぇいとガム噛みながら洗う米 一億年後オパールになる

花びらで覆われた泥沼にふれたやさしいかなしいあたたかかった

このままじゃ生きてゆけないアロワナのうろこがるハモニカください

いつの日かこのほころびよ輪郭をなしてその手にいっぱいのもも

幸せになったわたしは老犬でバターをなめるラブラドールで

みずうみへ

最近、生きていると自覚できるようになった。自覚というか、そういう実感。じぶんごとであるという意識。ふいに、そういったものが沸き立ってきて、ぼこぼこと今にも溢れそうだと思うけれど、すぐそのあとにはただ静かな湖面になるような感覚。

いわゆるティーンエイジャーと呼ばれる年齢だった頃、ずっと生きづらかった。生きるのってこんなに難しい辛い苦しいこれがあと何年続くんだのガムをかみ続けていた。この耐えがたい苦しさを、思春期のポーズだと簡単に誰かに説明されてたまるかと思い、生きづらいと誰かに言ったことはきっと一度もなかった。ただ自分が死ぬ妄想ばかりして、ガムの吐き出し方が分からないまま泣き続けていたあの期間が、ここ1年ほどでやっと過去になった。それら過去の事実と、そこからはみ出た鋭利で美しい思い出に、生かされている。いま、そう思える瞬間がたしかにある。あの頃あった全ては風になって、ふと風が吹く、この瞬間が言葉になる。たくさんの言の葉が、湖面に模様を描くのをただ眺めている。このやりかたを、私はやっと知った。

ヘイユーのこと

以前、随筆の賞レースに出したものです。

 

小学三年生の夏休みが明けると、クラスの女の子の一人称が「あたし」になっていた。ついこの間まで「ゆうかは」などと言っていたクラスメイトが、すました顔で、まるでずっと前からそうであったように「あたし」と口にするのだ。なんでそんなに自然に自分の名前から「あたし」に乗り換えられるのだろう、と不思議でしょうがなかった。クラスで付き合うなら誰がいいか、好きなアイドルのこと、だれだれちゃんは空気が読めない、というような話がゆきかう教室で、私はすっかりクラスの空気が読めない子になっていた。

そのころ、休み時間に私はよく五年生に混ざってバスケットボールをしていた。足が速いわけでも、球技が得意なわけでもなかった私がなぜそんなことをしていたか、きっかけは思い出せないが、よっぽど教室での居心地が悪かったのだと思う。私が休み時間に体育館へ行くと、決まって五年生がバスケをしていて、ヘイユーはその中の1人だった。彼女はどの男の子よりも背が高く、手足が長かった。そして、負けず劣らず長い首が存在感を放っていた。初めて会った時、ヘイユーは私に「名前分からないからヘイユーって呼ぶね」と言った。私の上履きの名前を見るでもなく、当たり前のことのようにきっぱりと言ったのだ。じゃあそういうことだからよろしく、というような口ぶりだった。変な人だと思ったが、背が高く、大人びた顔つきのヘイユーが言うことには有無を言わせぬ説得力があった。私は名乗ることも彼女の名前を聞くこともできず、ただ頷いた。彼女の上履きを見ると、そこには名前が書かれていなかった。油性ペンで名前が滲んでいるはずのスペースはまっさらで、そのことはヘイユーをより大人びて見せた。ヘイユー。頭の中でカタカナにしか変換できないあだ名なのかかけ声なのかも分からない呼び名。彼女は私のことをヘイユーと呼び、私も彼女のことを心の中でヘイユーと呼ぶことにした。

ヘイユーはバスケがうまかった。ドリブルをしながらスルスルと器用に相手をかわし、先頭を突っ走り華麗にシュートを決めるのを何回も見た。味方への掛け声を欠かさず、鋭いパスをまわした。私はというと、目でボールを追いかけてその方向に一生懸命走るだけだ。やっと追いついたと思ったら、ボールはすでに網をくぐっていて、みんないっせいに反対方向に向かって走り出している。私はゼエハア言いながらそれを追いかける......。そんな具合だ。コートを行ったり来たりしているだけのよそ者の私に、五年生の男の子たちはもちろんパスをまわさなかった。しかしヘイユーだけは、私がどんな場所にいてもパスをした。長い腕を胸の前で縮めてたあと、めいっぱい伸ばして私に「ヘイユー!」と言ってまっすぐパスをするのだ。私はヘイユーのパスを無駄にしないようにと頑張ってはみるが、ドリブルはもたつき、シュートは入ったことがなく、パスはもれなく相手にカットされた。そのことをヘイユーは咎めるでも励ますでもなく、長い腕を伸ばし私にパスをまわし続けた。

体育館以外でヘイユーを見たのは、運動会のときだった。全校生徒が校庭に整列をしてラジオ体操をするとき、ヘイユーは私の斜め前方向に立っていた。私とヘイユーの間には何人も生徒がいたが、ひとつに結んだ髪と長い首ですぐに彼女だと分かった。ヘイユーはラジオ体操もうまかった。というより、ラジオ体操に上手い下手があることが、そのときヘイユーを見てはっきりと分かった。「体を回す運動」は特に見事だった。まず、左脚の側に腰を折り曲げ、右腕と左腕が順に地を撫でるように弧をえがきながら右側にあがっていく。腰と脇腹はまっすぐ伸び、両腕はプロペラのように順に宙をかいていく。脇腹と腰、そこからまっすぐ伸びる腕、肩幅に開いた脚とが、すべてが正しいリズムを刻み調和していた。一番最後の「深呼吸」まで、私はヘイユーを見ながら、ラジオ体操をした。

その後の学生生活で、体育でバスケをするたびに、ラジオ体操をするたびに、ヘイユーのことを思い出した。「体を回す運動」では必ずまわりのクラスメイトを見回したが、ヘイユーほどラジオ体操が上手い人はいなかった。記憶の中のヘイユーは長い腕をまっすぐ伸ばして、色褪せない。ヘイユーは“HeyYou”であったこと、私にパスを回してくれたこと、ヘイユーのラジオ体操は本当に美しかったこと。

 

 

 

 

 

 

 

アップルパイの焼き方

チェーンのケーキ屋で3年間アルバイトをしている。楽も苦もなく、ときどきケーキをもらいながら、なんとなく働いている。このケーキ屋に、アップルパイがある。丸いアップルパイを放射状に10等分カットした、シナモンが効いたフィリングがなかなか美味しい、この、アップルパイのこと。

2年前、月ごとに商品を決めて、その商品の特徴を書き出し、悩んでるお客さんに積極的におすすめする、みたいなことが全店舗で行われていた。主に社員の仕事なのだが、特徴を書き出したシートはショーケースの裏に貼ってあり、全員が目を通すように言われていた。例えば、ショートケーキだと、何年の販売総数はいくつで老若男女に愛されています、とか。ナガノパープルを使用したケーキだと、ナガノパープルは糖度いくつで種は無く皮まで食べられます、など。おすすめしやすい無難な文言が並ぶ。

秋、アップルパイの月があった。いつものように出勤して、定位置につき、あ、代わってる、そっか月初めか、と呟きながら、目を通す。リピーターが多い商品で、ショートケーキに次ぐ人気です......うん、たしかに人気......毎週アップルパイだけ買ってくおばあちゃんいるし......ホールでの予約販売も承ってます......そういえばホールは1回しか予約受けたことないかもな......熟練した職人が焼き色を見ながらオーブンで焼いています......熟練した、職人......。オーブンからの熱で赤く照らされた顔に汗がびっしりと浮かんでいる。腕まくりをし、汗を拭いつつ、オーブンの中、アップルパイへ向ける眼光は鋭い。焼き色を確認するために、むやみにオーブンを開けて庫内の温度を下げるようなことは、もちろんしない。オーブンの暖色の光に照らされた姿でも、職人の目には本来のアップルパイの色が映っている。全体がきつね色に、縁はこんがりと茶色に染まってきた、その一瞬、それ、と職人の無駄のない動作の後、立ちのぼる煙の中、黄金に光るアップルパイが美しくそこにある......。

「これって本当のことですか」

問題の一文を指し、社員に聞くと、「それは本部が送ってきたことだし、本当じゃない?」と言われた。なんとまあ適当な。基本的にケーキは店舗に併設された製造室で作っているのだが、アップルパイだけは毎朝工場から2ホール番重に詰められて届く。その番重には府中の工場の住所シールが貼ってあるのを、私は知っている。製造ライン上、等間隔に並んだ大量のアップルパイたちが、この10mのトンネルを通ったら均一にこんがり焼けています、という光景の方が容易に想像ができる。オーブンの熱い光にのみ照らされて浮かび上がる、腕に残る無数の古い火傷の跡や、天板ピールのブナにしっとりと馴染む職人の手指、アップルパイを取り出すのに最適な間隔をとる両足と、それに支えられ正しい動きをする背中と腰は、そこにはない。

にわかに信じ難い、と思いつつ、その日からアップルパイに目をやることが増えた。だんだんと、今日は焼き色が薄い気がしなくもない、とか、今日は明らかに濃いぞ、という日が分かるようになってきた。頻繁に見ていると、日々焼き色に差があるという事実にも慣れてくる。焼き色に差がある、だからなんだというわけでもなく、熟練した職人の妄想は私の中からそのうち消え去った。職人の焼くアップルパイは、ただのアルバイト先のアップルパイになった。

今年3月、あと1ヶ月で社会人になる。この時期、ケーキ屋はクリスマスに次いで忙しい。合格、卒業、入学、引越し......ありとあらゆる出会いと別れにケーキが添えられる。アルバイト先に年中人が足りないのと、自分自身金欠なため、今までよりいっそうシフトをいれて働いている。

アップルパイを2個、と言われ、いつものようにショーケース右端、トングを手に取り屈む。半円状に並ぶアップルパイをトングで挟もうとしたとき、あっ、と小さく声が出た。穴が空いていたのだ。直径2,3mmの穴が、固い縁の弧に沿っている部分、フィリングが入っている部分に、遠慮がちに、ポツとあった。アップルパイに穴が空いていたことなんて、初めてだった。とりあえず、そのアップルパイを避けて、2つ取り、箱に緩衝材やら保冷剤やらを詰めている時、記憶の彼方にあった職人のことを思い出した。そうだ、職人が、中まで焼けてるか確認したんだ、きっとそうだ。でも、今まで穴が空いていたことは1度もなかった。なにか確認しないといけないような事情や背景があったに違いない。もしかしたら、誰かにこの仕事を教えていたのではないか。この、黄金に光るアップルパイの焼き方。このくらいの焼き加減だと、と、職人が竹串を刺して抜くと、うっすらフィリングがついている。良い加減に焼けているように見えるけど、これでは中がまだなんだ、あともう少し焼かないといけない、と職人は言う。オーブンに向けられた眼が暖色に光っている。熟練した職人は、焦らない、見誤らない。小さな穴を通る、黄金の糸を辿り、私は初めて彼の姿に触れた。

欲しいもの、オパール

イカの骨ってオパールになるみたい、ネットで見た。乳白色の棒状のものがきらきらしてる。白のオーロラおりがみと同じ光りかた。このきらきらが生きものの骨だったことがもちろん最高に魅惑的で、もちろんなんだか欲しくなる、元、イカの骨、らしい、オパール。調べると12万円。えー(思ってた10倍高い)と思う。ピンセットでつまんでる写真だからそんなに大きくないでしょ、たぶん、巨大ピンセットじゃない限り。12万かー。ふーん。ていうか、そもそもオパールってなんでしょ、と解説を読んでみる。白亜紀に生息していたイカの仲間、ベレムナイトのオパールです。体内に円柱状の殻をもっていて、その部分が化石となって世界各地に残っています。しかし、オパールとして化石になったものは世界中でもオーストラリアにのみあります。...白亜紀!なんか分かんないけど恐竜とかいたんじゃない、白亜紀ってさ。分かんないけど。12万じゃ安いよ。古代イカの骨(きらきら)を12万で持てちゃうんだ。バイト中ポケットの中で握っちゃったり。したいなー、欲しいなー。いいなー欲しいなー。買ったらさ、名前とかつけちゃうかも。白亜紀を生きた勇壮なる古代イカ・モゲス、の骨、のオパール、欲しいなー。

新年明けまして

いまでも、こう、なんとなく建ってる家を仰ぎ見て、街を歩いてる人たちを見て、洗面所でしゃがんだ時にちょうど目線にある水垢だらけの石鹸うけとか、そういうのを見て、なんこれ、と思う。そのまま立ち上がって、鏡に映る自分を見てやっぱり、なんこれ、と思う。地球で、人が、自分が、怒ったり笑ったりして生きてるのを考えて、なんこれ、と思う。こんな広い舞台に、放り出された自分がいて、生活して、誰かと出会って、話して、とかやってる。そういう感覚が、まだ新鮮なまま、瞬きのあいだにある。苦しいこととか悲しいことって、この舞台で、もしかしたらすごく小さくて瑣末なことかもしれない、と思う。でも、小さくてもちゃんと苦しくて悲しいから、手のひらに取り出して、隙間のほこりとか、擦れた跡とか、突起とか、色が禿げてるとことか、ちゃんと見て、なんこれ、と思えるようになったらいい。

人が考えてること、思ってること、そのままの濃度で分かるのって、その人しかいなくて、それってとんでもないことなんじゃないかってときどき思う。こんな広い舞台で、私だけが知ってる私のことが、まあ確かにあって、そりゃあ好きな言葉とか嫌な気持ちとか、いろいろみんなあって、それらを抱えて生きてることを思うと、なんだかすごいことに巻き込まれてるって思う。いつか、どれかを、私が思ったそのままの濃度で、取り出して、誰かに渡せる日がきたらいい。それを、受け取ってくれる人がいたら、それはもう、ここにあるもの全部抱きしめて喜んでいいんじゃないかって思う、新年。