日記

日記など

ヘイユーのこと

以前、随筆の賞レースに出したものです。

 

小学三年生の夏休みが明けると、クラスの女の子の一人称が「あたし」になっていた。ついこの間まで「ゆうかは」などと言っていたクラスメイトが、すました顔で、まるでずっと前からそうであったように「あたし」と口にするのだ。なんでそんなに自然に自分の名前から「あたし」に乗り換えられるのだろう、と不思議でしょうがなかった。クラスで付き合うなら誰がいいか、好きなアイドルのこと、だれだれちゃんは空気が読めない、というような話がゆきかう教室で、私はすっかりクラスの空気が読めない子になっていた。

そのころ、休み時間に私はよく五年生に混ざってバスケットボールをしていた。足が速いわけでも、球技が得意なわけでもなかった私がなぜそんなことをしていたか、きっかけは思い出せないが、よっぽど教室での居心地が悪かったのだと思う。私が休み時間に体育館へ行くと、決まって五年生がバスケをしていて、ヘイユーはその中の1人だった。彼女はどの男の子よりも背が高く、手足が長かった。そして、負けず劣らず長い首が存在感を放っていた。初めて会った時、ヘイユーは私に「名前分からないからヘイユーって呼ぶね」と言った。私の上履きの名前を見るでもなく、当たり前のことのようにきっぱりと言ったのだ。じゃあそういうことだからよろしく、というような口ぶりだった。変な人だと思ったが、背が高く、大人びた顔つきのヘイユーが言うことには有無を言わせぬ説得力があった。私は名乗ることも彼女の名前を聞くこともできず、ただ頷いた。彼女の上履きを見ると、そこには名前が書かれていなかった。油性ペンで名前が滲んでいるはずのスペースはまっさらで、そのことはヘイユーをより大人びて見せた。ヘイユー。頭の中でカタカナにしか変換できないあだ名なのかかけ声なのかも分からない呼び名。彼女は私のことをヘイユーと呼び、私も彼女のことを心の中でヘイユーと呼ぶことにした。

ヘイユーはバスケがうまかった。ドリブルをしながらスルスルと器用に相手をかわし、先頭を突っ走り華麗にシュートを決めるのを何回も見た。味方への掛け声を欠かさず、鋭いパスをまわした。私はというと、目でボールを追いかけてその方向に一生懸命走るだけだ。やっと追いついたと思ったら、ボールはすでに網をくぐっていて、みんないっせいに反対方向に向かって走り出している。私はゼエハア言いながらそれを追いかける......。そんな具合だ。コートを行ったり来たりしているだけのよそ者の私に、五年生の男の子たちはもちろんパスをまわさなかった。しかしヘイユーだけは、私がどんな場所にいてもパスをした。長い腕を胸の前で縮めてたあと、めいっぱい伸ばして私に「ヘイユー!」と言ってまっすぐパスをするのだ。私はヘイユーのパスを無駄にしないようにと頑張ってはみるが、ドリブルはもたつき、シュートは入ったことがなく、パスはもれなく相手にカットされた。そのことをヘイユーは咎めるでも励ますでもなく、長い腕を伸ばし私にパスをまわし続けた。

体育館以外でヘイユーを見たのは、運動会のときだった。全校生徒が校庭に整列をしてラジオ体操をするとき、ヘイユーは私の斜め前方向に立っていた。私とヘイユーの間には何人も生徒がいたが、ひとつに結んだ髪と長い首ですぐに彼女だと分かった。ヘイユーはラジオ体操もうまかった。というより、ラジオ体操に上手い下手があることが、そのときヘイユーを見てはっきりと分かった。「体を回す運動」は特に見事だった。まず、左脚の側に腰を折り曲げ、右腕と左腕が順に地を撫でるように弧をえがきながら右側にあがっていく。腰と脇腹はまっすぐ伸び、両腕はプロペラのように順に宙をかいていく。脇腹と腰、そこからまっすぐ伸びる腕、肩幅に開いた脚とが、すべてが正しいリズムを刻み調和していた。一番最後の「深呼吸」まで、私はヘイユーを見ながら、ラジオ体操をした。

その後の学生生活で、体育でバスケをするたびに、ラジオ体操をするたびに、ヘイユーのことを思い出した。「体を回す運動」では必ずまわりのクラスメイトを見回したが、ヘイユーほどラジオ体操が上手い人はいなかった。記憶の中のヘイユーは長い腕をまっすぐ伸ばして、色褪せない。ヘイユーは“HeyYou”であったこと、私にパスを回してくれたこと、ヘイユーのラジオ体操は本当に美しかったこと。